2022年12月31日土曜日

2022年12月31日

 僕と過去に付き合ってくれた彼女達

"元"彼女達はみんな

揃って綺麗に結婚したみたい


僕の愛情は正しかったのか

果たして彼女達を愛せてたのか

はたまた愛されてたのか

もうそんな事すら解らない


"恋愛"と言われれば

僕らはその様に寄り添っていたのだろう

どちらかが恋で

どちらかが愛で

どっちがどっちかは解らない


一番最初の彼女は情で付き合った


二番目の彼女はすっと光に吸い込まれる様に惹かれた


三番目の彼女からは最初を奪って別れを押し付けてしまった


四番目の彼女は僕にとって彼女を通り越した様な存在になった


僕はなんだったんだろう

僕はそれぞれの人生の中で

どんな存在になれたんだろう


気持ち悪いね

それだけはずっと変わらないよ

大晦日の昼間に

そんな事を物思いに耽ってiPhoneに吐き出してる

たくさんの"誰か"の手垢がこびりついて落ちない

僕の記憶は僕のもんだし

好きにしていいだろ

洋次郎もそんな様な事

歌ってたっけ

色んな未来を想像するよ

あの時ああしてたらとかこうしてたら

変わらずに過ごしてたらどうだったろうとか


今は僕も幸せだよ

色んな思い出や積み重ねのお陰で今がある


本当に感謝してる

ありがとう

2022年12月4日日曜日

僕とELLEGARDEN

 「あっちゃん、ギター買ったんだって?」

ちしまくんと言う同級生に声をかけられた。いかにも僕は14歳にして初めてのエレキギターを購入していた。確か14の誕生日だった様な気がする。親にねだってプレゼントしてもらったのか、お年玉なりお小遣いなりを工面したのか、詳しい事は忘れてしまったが、とにかく親のお陰で憧れのエレキギターを手に入れたい。真っ白いストラトキャスターモデル。よくある初心者セット。当時の僕にとっては安価な買い物ではないが、ギターにしては激安なものだった。

もちろん一緒にバンドをするメンバーもいない。なにしろ僕はロックバンドをほとんど知らなかった。YouTubeでたまたま辿り着いた"超絶ギター動画"とか"ソロギター 神"とかそういう動画を観て「エレキギターが欲しい」と思った。

まぁでもポルノグラフィティとかウルフルズとか大好きだったけど、当時は"ロックバンド"として認識していなかった。漠然と好きだなと思って聴いてた。


そんなこんなでやっと手に入れたギターも、当然思う様には弾けずに、指を骨折して思う様に練習できない期間もあり、そんな事を妥当な言い訳にして、次第に白いストラトには埃が溜まっていった。


指の調子もだいぶ完治した頃にちしま君は声をかけてきた。彼は他クラスであまり喋った事はなかったが、僕がギターを持っている事をどこからか聞きつけて声をかけてくれた様だ。彼はドラムができた。

「バンドやらない?ボーカルとベースはもう決まってるだ。あっちゃんにはギターを弾いてほしい」

そんな様な事を言われた。消極的な僕は部活の忙しさや単純にギターに触ってない事、自信がない様な事を口にしたけど、押しが強くて承諾した。


後日「エルレガーデン。知ってる?エルレの虹とmissingって曲やるから」と言ってスコアと音源(MDだったかな)をもらった。

エルレガーデンなんて知らなかったし、突然知らない曲を練習するのはとても億劫だった。もっと自分が知ってる曲をやりたいなんて思っていたと思うが、そんなわがまま言える様な男でもないので「おっけー!わかった!」と引き受けた。


それが僕とエルレの出会いだった。


貰った音源。虹とmissingを再生してみた。ポップだけど、聴き馴染みのないギターと聴き馴染みのない声とメロディー。ジャンルも分からず再生したその二曲は日本語詞という事もありそれなりにさらっと入り込んできた。なんというか、「これが"ロックバンド"という音楽か」なんとなくそう思いながら漠然と聴いていたと思う。

それから家でスコアと睨めっこしながらギターの練習を再開した。練習曲というものが今までなかったから、目標が決まると取り組みやすかった。アルペジオやギターソロ、チョーキング。シンプルなエルレの楽曲には基本的な事が詰め込まれていた。なんとか2曲を覚えて楽曲を通して弾ける様になった。まぁ下手くそだったろうけど。それがとてつもなく嬉しかったのは覚えている。嬉しくて母さんに聴いてもらったのを覚えてる。母さんはよく分からなそうな顔をして「すごいじゃん」みたいな事を言ってくれた。

季節は忘れちゃったけど、初合わせはベースの石川君の家にみんなで集まった。ドラムはもちろん打楽器はなかった。練習パッドかなんかと、弦楽器隊は小さいアンプをそれぞれ持ち寄って石川君の部屋でアンサンブルをしてみた。なんだかすごく楽しかった気がする。

それから暫くは虹とmissingを練習した。披露する機会がある訳でもなく、ただただ集まってはそれを練習した。地元に小さなスタジオがあると知って、カビ臭くて、綺麗とは言えないスタジオにも入って練習した。あの時の感覚は今でも覚えてる。受付のロン毛のにいちゃんが嫌な奴だったっけ。


そうして僕はエルレを知り、ロックバンドを知った。練習曲の虹とmissingが身体に馴染み始めた頃にはELLE GARDENという得体の知らないバンドが少し好きになっていた。どういうメンバーで、どんな人間なのか、当時は深く探れなかったから、僕の中でELLE GARDENというバンドは漠然としていた。

missingのMVが当時YouTubeにもあったけど、当時のいわゆるガラケーでは画質も顔が分からないくらい悪くて、しかも分割再生だった気がする。忘れちゃったけど、当時のノートパソコンで再生してもたかが知れてる画質だった。

でもそのmissingのMVには僕の知らない世界があった。地下のライブハウス。パンパンのオーディエンス。酒、タバコ。そういう狭いライブハウスの空気感をそのMVから感じ取っていた。もちろんライブハウスに行った事がない中学生の僕は、ドキドキしながらそのMVを観ていたと思う。

確か当時は活動を休止していた。

ここに綴っているのは2008年。僕が中学2年生から3年生になるくらいの出来事だ。

そうして僕はどんどんELLEGARDEN、細美武士の魅力に引き込まれていく。


というまだまだ序章の出来事。

疲れたのでここまでにします。

読んでくれてありがとう。


そうそう。


2023年12月11日。

札幌白石ピグスティーにて、そんな僕が14歳ぶりにエルレガーデンのコピーバンドをする。

みんなもそうかもしれないけど、僕のエルレ愛も相当強いと思ってる。

「どうせコピーバンドでしょ」とかそんな悪態つかないで、純粋な気持ちで楽しんでもらえたらなと思う。細美武士になりたかった人間が、エルレガーデンのコピーバンドでどんなライブをするのか。なかなか気にならない?笑


したらまたね!いい日曜日を。



2020年3月12日木曜日

この旅を終えたら3

広島での携帯修理も無事に終わり
いざ銀山ベースでライブ
とても風が強い夜で集客も不安だったが6名ほど来客があり
広島のドッグフード買い太郎さん
この日から合流で僕ははじめましてのグッナイ小形さん
そして組んだくれたハジメさんと
カフェでのライブではあったがマスターのこだわりもあり
音響の設備はかなりちゃんとしていて気持ちが良かった

僕のお客さんは0だったがCDを購入してくれたお客さんもいて
とても嬉しかった この日もお酒を飲み
打ち上げは演者4人でお好み焼き屋さんにはいった

この日の宿は一泊2000円のゲストハウス
とても新しくて素敵な宿だった
外国人のスタッフが多くいて海外旅行客向けのゲストらしい

久しぶりにとても気持ち良い睡眠ができたが僕の足がひどく匂った笑

翌朝、早起きをして徒歩でいけるということで原爆ドームと平和記念資料館へ訪れた
広島市内自体はじめて訪れたので僕にとって初見だった

川沿いを歩き原爆ドームがみえてきた
若い女の子ふたりはまるでディズニーランドにいるかのように
バックに原爆ドームをいれて自撮りをしていた
なにをするのにも自由なのでなるべくなにも思わないように
ゆっくりと原爆ドームを眺めた
中は入れないので外観を撫でるように眺めた

その後資料館へ
記念碑がまずは外にある
絶えない火が灯ってる

僕は静かに合掌し黙祷した

資料館の入場料は300円 安いなと思った
僕は原爆投下の日や終戦の日をパッと口に出せる程には物覚えが悪い
誰かに言われた通りにやはり資料館はとてもダウナーになるものだった
わかってはいたが悲惨な過去を目の当たりにして落ち込みながら歩いた

でも本当にいってよかった 日本人なら なんて偉そうには言えないが
是非一度は足を運んでほしい 確かに戦争があり原爆が落とされ日本は降伏した
国のために目眩がするほどの数の人間が死んだ

そして僕は家族や地元の友達 愛する人たちに会いたくなった

頭が悪い僕でもわかった 戦争ほど酷いものはないかもしれないと
二度と戦争をしてはいけない
国内で戦争のない時代に生まれて幸福だということ
今もなお戦争してる国がある事を忘れてはいけないこと


2020年3月9日月曜日

この旅を終えたら2

遠征5日目 広島銀山ベース

そうだ、この前日のディプロマサーキット終わり
途方に暮れた大阪の街中で僕のiPhoneの画面は息を絶えてしまった
落として壊れてしまったのだ
どこに行くにも誰に連絡するのももちろん携帯を使っていた
どこにいるのかどこへ向かうかも分からなくなり
酔った身体をなんとか叩き起こして心斎橋へ向かった
ブロンズにいこう、誰かいるかもしれない
時刻は23時くらいだったろうか
駅員さんやコンビニの店員に尋ねながらなんとか心斎橋BRONZE
灯がついてるものすごく安心した
バイバイした筈のしょーたさん つっちーさん りんちゃんが迎えてくれた
「携帯壊れました」と言ってそこからしょーたさんが色々連絡してくれた
ともかく明日の朝には大阪を出て広島に行かなければならない
ハジメさんの電話番と 何かあったときのため
しょーたさんと札幌のけーさんの電話番号をメモした
さすがにちょっぴりしょーたさんに怒られた笑
25歳、そりゃもっとちゃんとしなければいけない、とほほ
広島までの経路も調べてくれてその夜は近くの24時間サウナ&カプセルホテル
サウナにもシャワーにも浴びず3時間パックは一瞬で睡眠に奪われた
眠気まなこで宿をチェックアウトしてまた駅員さんに尋ねまくってJR新大阪へ
広島までの所用時間も最安料金の乗り物もなにもかも不明
とりあえずこれから広島へ向かう事を伝える為に公衆電話
はじめて公衆電話を血眼で探したかもしれない
10円わずか数分 繋がらない 10円か100円しか使えない公衆電話
100円入れてもお釣りはでない 10円ない 100円投入 ハジメさん 電話に出ず
電話できず公衆電話に100円吸い込まれていった

駅の受付のお姉さんに尋ねてもあまりピンと来る情報は得られず
とりあえず高速バスが安いだろうと高速バス乗り場へ
若干呆れられながらチケット売りの駅員さん
確か4千円くらいで広島行きの高速バスに乗り込んだ気がする
結構かかったと思う10時過ぎの便で15時とかだったかな?

車中は時間を潰せるものも特になく
ぼーっとバスの外を眺めていた
なぜかとても寒い日で雪が降っていた
最初は大粒の雨かとおもったが紛れもなく雪だった

西日本で雪をみるとはおもわなかった

心ここにあらずのまま広島到着
公衆電話で速攻ハジメさんに連絡
やっと電話が繋がった時の安心感は半端なかった
とりあえず移動せずそこにいてくれ、迎えにいく
との事だったのでしばらくバスセンターで待った

見知らぬ土地 現代社会に携帯無くして放り出された人間
ハジメさんと出逢えた時の感動は電話越しの安堵を遥かに超えた

とりあえず携帯を修理してもらおうと提案してくれて
幸いにも会場近くにiPhoneの修理屋さんがあるのを確認して一緒に向かってくれた
液晶交換 1万円 背に腹は変えられない 即答でお願いした
時間が少しかかるということだったので会場に向かうことにした
銀山ベース着 とてもお洒落なカフェだった

安心したらとてもお腹が空いてしまった
銀山ベースは食事もできたので食事を済ませることにした

カツカレーとカツサンドを食べた 泣きそうになりながら一気にたいらげた

2020年3月8日日曜日

この旅を終えたら

2020.02.013 札幌新千歳空港からスカイマークに乗り込んで神戸空港へ
ちょうど1年ぶり遠征 僕は久しぶりに飛行機乗り込んだ
スカイマークが好きなのでなるべく関西に行く時はスカイマークを使う
昼過ぎに到着した 神戸空港は相変わらず好きな場所だ
神戸空港から大阪に向かう

遠征1日目 大阪昭和町ノーユーノーミー

ライブはこの日からはじまった 大阪昭和町ノーユーノーミー
昔から世話になってるホシヲさんが一念発起して開業したバー
そして今回西日本の日程を組むにあたってお世話になった法橋ハジメことハジメさんともこの日から共演だった 遠征1日目 大事なスタートライン はじめてのノーユーノーミー
ほとんど心配する事はなかった ホシヲさんサチオさんハジメさんぼくという出演でとてといい夜だった この日僕のお客さんひとり 三好リョウというだいすきな先輩が駆け付けてくれた ほんとにうれしかった 大阪で今まで出会った人ともっと会いたかったけど単純に自分の力不足を感じた 知った顔ばかりで気持ちの良い夜だったけどもそれだけが引っ掛かった 
みんなそれぞれの生活がある またすぐに来れるようがんばる
親愛なる新世界ホシヲ先輩 ありがとうございました

この夜はハジメさんの伝で宿はどうにかしてくれた
僕はこの1か月に渡る遠征でも使える金は少ないので宿は取らなかった
まぁいつも遠征で宿を取ったことはない 今回もそんな感じである



遠征2日目 大阪心斎橋BRONZE

心斎橋では久しぶりのライブだった 1年よりももっと前
2017年に新神楽というライブハウスでやったきりだった
BRONZEもずっとやりたかった箱でやっと今回やれた この日の出演者はバンドが3組ソロが僕を含め2組だった ブッキングマネージャーのしょーたさんにお願いして組んでもらった この日の予約は0だった 悔しくて黒い気持ちを何度も何度も消化しようとしていた 箱の雰囲気は最高だった 一瞬でだいすきなライブハウスになった しょーたさんとの出会いはかれこれ5年くらいになるのでそういう安心感もあったかもしれない 週末の心斎橋 僕はまたしても力不足を感じた 出番は2番目 結論から言うと僕は超最高なライブをしてしまった いいライブできてると思うと不思議と立っているステージとフロアがすごくでかく見える現象がある(僕だけかもしれない) 奥の奥のバーカウンターまでよく見渡せた 一瞬見覚えのある顔がみえた気がしたがライブを最後までやりきった ステージを降りてフロアに戻ると間違えではなかった 当日でひとり札幌で出会った友人がきてくれていた こんちゃんと言う女の子でもうびっくりするくらい久しぶりの再会だった 彼女は僕が以前やっていたTHE安全ピンというバンドのMVを作ってくれた子だった 骨まで愛してるという曲で今見返すとちょっぴり恥ずかしいくらい前の作品だ びっくりした 今は大阪のイベント会社に勤めているらしい 音楽を続けててよかった 僕はそれまでの悔しい気持ちを一気に消化して こんちゃんと握手をして終演後別れた そういえばバレンタインだったらしくてわざわざお菓子を差し入れしてくれた ちょーうまかった 絶対高いやつだ ありがとう 
その後会場で打ち上げをして 宿のない僕を気遣うようにしょーたさんは「飲みいこうや」といっても朝まで心斎橋で飲んでくれた Dr.foolのスタッフのあっちゃんも駆けつけてくれてあっちゃんもわざわざ板チョコ3枚も買ってきてくれた 共演のつっちーさんやスタッフのりんちゃんと朝まで飲んだ すげーたのしかった そういえば楽屋にマイヘアワンマンのセトリがあったので写真に撮って送った 今日ブロンズ? と返してくれた
この日はそのままなんとかして姫路に向かったと思う


遠征3日目 兵庫姫路縁楽堂

この日からハジメさんと合流
兵庫でライブするのも随分と久しぶりになってしまった
この日は村上リョーケン君という子が企画をしてくれた
昼飯にアナゴ丼を食べて途中姫路城を眺めながらお昼頃ハジメさんと会場入り
普段はゲストハウスを営んでいる場所で古民家をほぼそのまま活用してる感じ
民宿の集まりばのスペースでライブをした
リョーケン君は年下でとてもいい子でいい唄をうたっていた
ばあちゃんちの居間でライブをしてるようなそんなかんじで良い意味でラフく 本気でうたった この日もまた酒をすすめてしまうようないい夜だった
お客さんとしてきていたバショーという男の子がハジメさんとリョーケン君の知り合いで彼の家に泊まる事になった ありがとう 新型のハチロク(2ドアのスポーツカー)に乗せてもらったらバショーの家で眠った 朝 バショーがやはり愛車のハチロクで駅まで送ってくれた 車内は言わずもがなパンパンだった たのしかった 主催の村上リョーケン 本当にありがとう


遠征4日目 大阪中津DIPLOMACIRCUIT

朝はすごくはやくて出番がお昼頃の大阪中津に間に合うようギリギリで電車に乗り向かった 姫路から大阪は2時間くらいだったかな 
このサーキットイベントは大阪の専門学校ESPエンターテインメントという言わばミュージシャンや舞台のスタッフ等を育てる学校 その卒業生による卒業制作イベント
2日間に渡る無料のサーキットイベントでその2日目に誘っていただいた

去年はブロンズのしょーたさんが紹介してくれて出演させてもらったのだが今年は主催の学生から直にオファーのメールがきて出演の流れになった
僕はこのディプロマサーキットをボイガルがよく出てるイベントとして認知していた
先輩が通ってるイベントな分 僕もそれに携われるのはとてもうれしかった
僕の会場はカフェ ステラというお店で行われた 言わずもがな無名 きっと僕の事目当てなんてごく僅かだったと思う それでも何人かみにきてくれてとても安心した どんな状況にせよ僕は一生懸命ライブするだけだ 担当スタッフの子たちが一生懸命に接してくれる 去年も今年もだった すごくよかったです その子達のその一言にもとても救われた 来年もよろしくお願いします と僕は返した ありがとうディプロマサーキット 卒業生達 おめでとう お疲れ様



2019年11月20日水曜日

ゴミ

最低だ
情けない
どうしようもない
全然ダメだ クソだ ダッサ
なにやってんだろ
あー もう なんだ なんて日だ
どうしようもないライブしちまった

こんなとこにこんなこと書いて
一番ダサくて情けないわ

ごめん

2019年4月26日金曜日

この街の春は特に不安定なものだとおもう。気温は10度を下回ったりそんなこともなかったりする。4月も下旬と言えど冷え込みがちな朝晩にはまだストーブをつけたりする。
風は強く吹きつけるし、もういいよという程に嫌気がさしてしまうくらい今冬も世話になった冬物のコートを着用するか春物のコートを着用するか迷う。

惰性と言われればまぁそうとも言わざる終えない生活は続いている。
最近は風呂に浸かる事が昔より一層気に入っている。
今日の仕事は11時からだったので、眠る前に考えていた事は、
早めに起きて朝ごはんを食べてゆっくりシャワーを浴びて15分前には職場に着いてタバコを一本吸っている。
とまぁ、そんな事を考えながら眠りについたわけだがどうも僕の身体は何かが欠如しているらしいのか、はたまた疲れていたのかわからないが、10:50分に家を飛び出した。
こんなはずじゃなかった という朝ももう何度繰り返せばいいのだろうか

話は変わるが僕は一昨年の6月くらいから去年の10月くらいまで引きこもっていた。
引きこもってたと言ってもバイトはしていた。
バイトに行って家に帰って母が支度してくれた夕食と発泡酒を嗜み
平日はだいたい父親と母親と僕で静かに食卓を囲んでいた。
夕食をある程度済ませると部屋に篭り、何をするでもしたい訳でもなく明日の為に眠り。
朝は大体7時に間に合うように家を出る。死にたさと生きたさを両手に持ったまま、帰りもまた同じ道を歩いた。気がつけば必要以上に人と会わなくなってから1年ちょっと経とうとしていた。
辛かった。季節もうまくわからなかったし、人とはなるべく会いたくなかった。雲のようと言えば雲のような生活をしていたがうまく思い出せもしない。とにかく退廃的で堕落した生活をしていた。ある時はシャワーを浴びるのもどうでもよくてだいぶそれをしなかった。シャワーを浴びる事も気が遠くなっていた。本当にどうでもよかった。頭が痒くても自分で嫌な体臭を感じても、なんというか、本当にその気になれない。車のエンジンをかけなきゃ車に乗っていても動かないのに、キーを回す気になれないような。そういう感覚でできることとできない事がたくさんあった。今まで当たり前にしていた事すらも。

なぜそうなったのかも、今はまたなぜうまくやれてるのかも
ほんとのところ自分であまり理解できていない。
ただひとつ、なるべくあの頃には戻りたくない。


自分で選んで歩んできた道を眺めてみたら
ぼんやりと自分を恨むことしかできなかった。
全て自分のエゴで自分の罪だった。
後戻りって奴は本当にできなかった。
頭の中でその道を戻ろうとすれば
ただただ部屋を出れなくなるだけだった。


新しい唄がなかなかできない。
日記は書こうとすればなかなか書けない。
まだ不安がいっぱいある。
何が正解かわからない、なんだか、息苦しい。


ぼくはやさしい人間ではない。
酷く醜くて真っ黒で下劣な人間だ。

生かしてくれてありがとう。

君が辛くなった時、僕はなにができる。
あの娘の夢をみた。髪を派手に染めて気が狂ってた。


メンフィス通りの雨が止まない。


今は少しだけ独りで大きな声で唄いたい。
独り善がりに縋りついた。
弱い僕をもいつかは殺さなきゃ。

2019年2月2日土曜日

くちびるに歌を

くちびるに歌を という映画をみた
中学生の青春(青春とは何か分からないが)と合唱がテーマの映画で
たまたまAmazonであったのと以前、僕のライブに来てくれたお客さんが
見て欲しいと言ってくれていたので鑑賞した
僕はなぜ今でも歌うのだろうか
思えば過去に二度、僕は音楽から逃げたことがあった
後悔というには情けないし今更だろう
何度でも言うが僕は中学と高校の途中まで合唱部だった
3年生の時には部長を任されたが頼りはなかった
今更だが思い返してみてもああしてればこうしてればが
だらだらと脳裏に浮かぶ
最後のNHKコンクールでは地区大会金賞
駒を進めた全道大会ではインフルエンザの流行により出場辞退
秋の全日本合唱コンクールでは全道二位(確か)
僕は合唱部で音楽の歓びや楽しさ、厳しさ、悔しさを知った
なぜここまで合唱に固執したのかは分からない
ただ僕ができた事とやりたい事はそれくらいだった
楽譜も読めない知識もない僕がなぜ部長だったのかも分からない
高校は合唱しか取り柄のない僕に顧問の先生が
合唱部のあるランクの低い高校の推薦してくれた
高二の時に副部長になったがその夏に退部した
裏切ったし逃げ出した
そして僕はバンドを本格的に始めた

それでも音楽なのはなぜなのだろう
そして中学時代はあんなに純粋に楽しんでた歌を
現在での自分の音楽生に少し息苦しくなるのはなんでだろう
全てはやはり分からない
ただあのコンクールの悔しさと部活から逃げた
あの夏を引きずっているのかもしれない

そして音楽とは何か探している
理論や知識を知る事の楽しさを知ったのは
ここ最近の出来事だ
その探究心と応用力は当時の僕にはなかった
歌う事の気持ちよさと心地よさだけでどこまでも行けた

まだ僕は歌うだろう、探し続けるだろう
自らの音楽を、自分とはなんなのかを


音が目に見えるような
アイスクリームのように甘くて
氷のように冷たくて
いつかの空のように切なくて
月のように明るくて
朝が来るまでは暗いままのような
そんな歌を誰かに届けたい

2月 札幌 ライブ詳細



2019.02.06
「囚人たちの夜vol.100」
札幌LOG
Open19:30 Start20:00
¥2000(1D付)


あずまりゅーた
タクマモトオ(あららら)
ヤハタトシキ
うえだりょうた
奥山漂流歌劇団


2019.02.10
Dr.NY企画
「ヤンキーススタジアム企画 2回表」
すすきのXENON 
Open18:30 Start19:00
Ticket ¥1000(+1D¥500)

Dr.NY
NOJOBs
SULLIVAN's FUN CLUB
B.BJUNKIE
あずまりゅーた


2019.02.16
あずまりゅーた×KIM 2マンライブ
「惜春」
LIVE&BAR Burn
Open19:00 Start19:30
Ticket¥1500(1D付)or¥2500(飲み放題付)

あずまりゅーた
KIM



チケットご予約はa.ryuta0505@gmail.comまで
希望の日程、お名前、チケット枚数を明記の上おねがいします。
尚、メールが届いてない場合があります。
お手数ですが不安な方はコメントへ

2019年2月1日金曜日

いつも君は僕に「いま何を考えているか」を執拗にきいてきた 僕は答えるのもめんどくさいので「何も考えてない」を適当に呟き何にもない空を眺めていた それでも君は「嘘だ」とか「そんなはずない」とかを矢継ぎ早に喋りだすものだからそのうち僕の考えている事は「めんどくさい」になった ふと歌を僕が口ずさんだ時だって「今なんの曲口ずさんだの!」そのうち君は僕に自分の考えている事を当ててくれなんて無理難題を押し付けてくる 本当にめんどくさい 口に出さず頭の中の思想の答え合わせが正解になる事によほど歓喜を感じるらしい その気持ちがわからないわけでもないが 女はよくそれを欲しがる 執拗に 時折、僕がブログの更新を停滞させていると彼女は「ブログは更新しないのか?」と尋ねてくる ふむ、書きたい気持ちは常々あるが書くほど事でもないし時間も余裕もあまりない しかし彼女はなぜかブログというものを楽しみにしていた それを読んであーだこーだ意見を言われるわけでもない ただ純粋に更新が楽しみらしい 彼女は僕と同業者である関西弁を喋る男といつの間に恋に落ち僕を中央区の片隅のワンルームに置き去りにしてほぼ関西弁しか喋らない人達が住む国に移り住んでいった 最近ふと思う事がある 僕がブログを書けば 僕の頭の中で考えてる事が少しだけ覗ける だからきっと 彼女はブログを楽しみにしていたのだろうか わからないが 答えは案外、安直なものだ 何を考えているか という質問と ブログの更新の催促 がなんとなく合致する そうか 答え合わせが丸になった気分だ 僕の頭の中も少し丸くなっただろうか 札幌は1月が終わって いつも通り なんの前触れもなしに2月になった 最近レコーディングした曲達を僕はやっぱり愛してる はやく聴いて欲しいです もう少し待っててください 僕の考えてることなんて 大したことはない 

2018年12月6日木曜日

ただの1日

目が覚めた時には自分の顔が浮腫んでいるのがわかった。
幸運にもバイトが休みだったのでもう一度目を瞑った。
昨日は歯磨きをしないで寝てしまった事をなんとなく思い出しながら煙草を吸った。
今朝はとびきり冷え込んでいて布団からでるのはかなり億劫だった。
やらなきゃいけない事はぼんやりあったが外出の予定はなかった。

何日か溜め込んだ洋服達を洗濯機に放り込んで スタートボタン を押した。
洗濯機が終わるのを待つ間にちょうどよかったので風呂にお湯を溜めた。
もしも水道代が今よりも値上がりしたらきっとお湯に浸かることも減るな
などと大して日々で湯に浸かる事もないくせ、また水道料金が上がる事も、
曖昧なくせに、そんな事を考えながらお湯が溜まるのを待った。

風呂に入りながら音楽を聴くのが好きなのでBluetoothスピーカーと
なかなか読む機会がなかった音楽雑誌も一緒に仲良く風呂にはいった。
久しぶりの湯船は気持ちが良かった。汗がじんわりとにじみ出てきて
今朝の浮腫みも落ちていく感じがした。

BGMをRADWIMPSに替えて、RADWIMPS 野田洋次郎のインタビューを読んだ。
汗もいい頃合いに吹き出してきた頃、持ち寄ったそれらを外にだし
シャワーで2日分程の匂い等を洗い流した。

風呂から出て、しばらくぼーっとすると洗濯が終わる合図が鳴った。
前者の洗濯物を取り込み、新しい洗濯物を干していった。

ふとライドンに譲ってもらったメルクのダッフルコートを
一度もクリーニングに出してない事を思い出して
本望ではないが自宅の洗濯機でコートを洗った。
乾かす際も特に問題はなさそうだったのでこの冬は大丈夫だろう。

所で話は地球半周以上の距離感で飛んでしまうが、
シンゴさんがひとりになるのを知ったのは居酒屋での事だった。
3年か4年ぐらい前にトモヤさんとシンゴさんとアニーさんと飲んだ居酒屋。
10月が終わる頃だった。二人きりで瓶ビールをグラスに注ぎ、久々の再会に乾杯。
瓶ビールは2.3本目に差し掛かる頃だっただろうか。
他愛のない話をいくつかしていつも通り笑っていたら彼は
「りゅーはどうすんの?唄いたいの?」と問い出してきた。
「自分の唄を自分で唄いたいって思っちゃいました」と僕。
「そっか!いいね、最高だよ。俺さ、ボイガル、ひとりになるんだ」
僕は冗談も大概にしてくれなんて思ってしたったが
彼はニヤリとしながらも目は真剣に僕の目を見て言った。
僕は何となく酔いが覚めた気がした。いきなりのことすぎて。
何度か僕は彼に 本当ですか? と聞いた気がする。
笑いながら彼は「うん、やばいよねぇ、9割型決まってんだ」
的な事を言っていた。僕は気の利いた事を言えず、
咄嗟に「これから何でもできるって事ですよね」なんて
意味のわからない一言を発してしまった。
シンゴさんは「うーん、どうなんだろうね」と最初は怪訝な顔をしてたが
「まぁ、そうだな、そういう事かもね」的な事を言いながらグラスビールを飲んだ。
なんとなく、何かが晴れた様な顔になったと僕は感じた。
僕は誰にも言えない気持ちを南北線と一緒に乗車して帰った。

トモヤさんやケントさん、カイトさんのこれからの幸福を。
THE BOYS&GIRLSの益々の活躍を願っています。

2018年12月2日日曜日

もっと、こう、なんかさ

もっと最低なヤツを僕にくれないかな。
鳴咽が止まらない様な最低な気分のヤツで。
なんかもっとこうあるだろう。
とびきり不細工な愛みたいな奴さ。
もう綺麗な奴はいいんだって。ハッピーエンドは人それぞれだって。
肺がおかしくなったんじゃないか?ハイでいようなんてさ。
もっと、こうさ。どん底に突き落としてくれよ。いろんな意味で。

p.s そんな僕を殺してくれないか、その尖った幸福で

2018年10月23日火曜日

今でも覚えてるぜ

布団に倒れ込んだのはもうAM4:00になっていただろうか。


驚くことに起きたのは朝8:00頃、寝起きは割とよかった。
何か夢を見ていた気がするがどんなものだったかは覚えていない。
手に届く所に置いてあったポカリでもないアクエリアスでもないスポーツドリンクで一気に喉を潤した。スポーツドリンクにも違いはあるよなと思った。

昨晩の事をまだ鮮明に覚えているうちに書き記そうと思って今。また布団に潜り込んでこれを打っている。無論、愛のあるphonから。

僕は久しぶりに食事の約束をしていた。
昨日の待ち合わせ予定時刻は彼が東京から帰ってくるのが夕方になるという事だったので17:30を予定した。本当はもう少し早めに家を出たかった。
というのもガスが止まっていてシャワーを浴びられなかったのだ。急いで料金を支払い、ガス会社に連絡。なんとかガスが開通して急いでシャワーで昨日までの匂いを洗い流した。17:00には大通りに着けるな、と確信したところで彼にやっぱり17:00に大通りでと連絡をした。彼は柔軟に対応してくれた。

17:00を数分過ぎたあたりで古びた中華料理屋で待ち合わせをした。僕は地下鉄に飛び乗り、さよならポエジーの遅くなる帰還をイヤフォンから迷惑のかからない程度の大きめな音量で聴きながら向かった。

予定通り17:00に大通り駅、歩いて布袋に向かった。市電通りには見慣れないコンビニが二つ真新しく建っていて懐かしさを感じながら歩いてた。彼に「月がやばいですよ」と送ると「きもい」と返信された。
僕は新しく購入した靴の履き心地を再確認しながらセイコーマートにはいると彼はそこで待っていた。

「すいません」「おつかれ、大丈夫」
「タバコ、買っていいですか?」「もちろん、いいよ」

僕はハイライトメンソールを一つ購入してコンビニを後にした。目的の布袋はすぐ隣にあった。「よし、いくか〜」と彼は言った。
最後に開けたのはもういつかわからない布袋の扉を開けるとモワッとした油くさい空気が僕らを包んだ。
「久しぶりだな〜」「ぼくもひさしぶりです、いいっすねやっぱ」
「B定?」「はい、B定で」「ごはんは普通?」「普通で」
「すいません、B定ふたつ!」彼は紙ナプキンで手を拭いた。

「りゅー、なんか飲む?ここはやめとく?」
「んー、そうですね、ここは」と僕は言った。

昨日も朝になるまで飲んでいたのでお酒はもうあまり見たくもなかった。

「あ、瓶ありますね」

メニュー表の瓶ビールの写真を見た瞬間、若干テンションがあがってしまい咄嗟に声にした僕。「お、いいね、中瓶。どれ?」「あー、そうっすねぇ。あっ!富良野ビンテージ」「おっ 富良野ビンテージあんじゃん、これにするか」と嬉しそうに彼がいった。「すいません、中瓶、富良野ビンテージひとつ、グラスふたつで」間も無くしてテーブルにはグラスふたつと富良野ビンテージの中瓶が一本。お互いにお互いのグラスへビールを注いだ。「おつかれ、乾杯」鈍くグラスがぶつかる音がした。「うひゃー、うめぇー」と彼、僕もそれに同意しながらグラスを口に運んだ。美味い。不思議だな、今朝はもう酒なんか二度と飲まないと誓っても日が暮れる頃にはこうしてまたビールを飲んでいるのだから。人という生き物は愚か者だ。「はーい、お待たせしました。B定食ふたつです」お待ちかねのB定が到着。僕らはお洒落なカフェでインスタ映えを気にする昼時のOLの様に携帯のカメラ機能をB定に向けて写真を撮った。「いただきまーす」と割り箸を割ってザンギに手をつける。「うんめー!」揚げたてのザンギなので当然熱かったのだろう。口をはふはふとさせながら彼は言った。「うまいっすねぇ」あつあつだった。僕は少し口の中を火傷した事に気がついたのは朝になって確信になっていた。「うまい、最高」「うん、うまいっすねぇ」彼は食事中、何度も何度も美味いを口にしながら美味しそうにB定を平らげた。こんなに美味いを連発する人は久しぶりだったので僕も嬉しくなった。宮川大輔バリだなと思った。彼が美味いというたびに僕もうまいで相槌をうった。あっという間にB定は僕らの胃の中に収まり残りのビールを流し込み彼はいつも通り爪楊枝で一服した。僕も爪楊枝をもらい、煙草を一本吸った。至福だった。この感覚、本当に久しぶりだった。思えばはじめて二人で布袋にきたのは恐らく2015年とか2014年とか。意外と時は立ってるようなないような。とにかくそんなことを思い出しながらいた。「お会計で」と彼は言いながら席を立ち、財布を出そうとする僕にいつも通り「りゅー、いいよ、ここだけな」と言って会計を済ませた。「次の店から割り勘な」と彼は笑いながら言って僕は「はい、ご馳走さまでした」と言って二人で店をでた。10月の外の空気は新鮮味があって、空を見上げると月が一層輝いていた。「えっ 月、やばいじゃん」と彼は言った。

2018年10月8日月曜日

2018年10月18日

札幌LOGで唄います。

2018年10月18日(木)
奥山京マンスリーレイトショー
「第10夜特別編〜中古のレコードと友達の唄〜」
@札幌LOG
Open20:00 Start20:30
入場料 2000円(1D付)(学生500円割引)

出演
奥山漂流歌劇団
あずまりゅーた


※本公演の上演時間は1時間40分予定

時間が当初の予定より30分早まりました。
twitterの情報は明日、更新しなおします。
こちらが正しい表記です。すいません。


いつかまた会えたら
あの日の約束を果たしたい。



今日からまた嘘つきとひとりぼっち。
君が読んでくれるなら僕とふたりぼっち。


おやすみ、なんとも言えない世界。
もし心配してくれていた方がいたらすいません。

またいつかのあの日の様に
いつでもここに会いにきてください。

僕は元気です。

2017年2月27日月曜日

2月にわざと騙されて



ぶっちゃけ毎日不安に押し潰さそう
みんなそうだ普通に普通すぎて
なんかこわくなるよな

目覚ましが鳴る前には起きる
休みの日でもバイトにいかなきゃ
と思って起きる焦る冷静になる
ライブでギターが鳴らなくなる
夢をみるあの娘が僕を嫌いになったり
誰かにひどく馬鹿にされる夢をみる


金はいつもギリギリ
硬いベッドの方が
安心できる僕がいる
ぬくい部屋の温度と
柔らかすぎるベッドは
不安定すぎるし
愛していることすらこわくなる




メディアは面白いように
意味のわからない方に
転がっていくし
タイムラインからも
やっぱり這い上がれないし
街を歩けばもちろん
僕のことを誰も知らないし
何がおかしいのか
笑いながら歩く人々を
イライラしてるリーマンを
横目にみながら歩く
気付けば一生懸命この街の
ダサいところとか
気にくわないところを
探しながら歩いている僕の
向かえから車椅子の人が
一生懸命車輪を転がしながら
通り過ぎるのをみて絶望しては
また同じように地下街を歩く

安心しちゃう
不完全なものの中に
置き去りにされた自分に
安心している僕がいる
最低を感じる
この街が垢抜けないのは
実は僕なんかのせいじゃないのか


2月が長い
死ねるほど長い
春みたいに暖かくなったり
急に最低な冷たさになったり
22歳の2月が永遠の様に佇む


誰にも相談できないしない
Twitterには弱音は吐きたくない
Instagramは時代に寄せてく
だからってここに書いたら同じよ
同じよ同じじゃないのよあなた


雪が静かに溶けるように
誰かのため息と舌打ちが
優しく消えますように



こんなにも愛されてることが
怖くて不安だなんて
一体なぜ誰も教えては
くれなかったのでしょうか


永遠の2月を駆け抜けるか


2017.4.22
あずまりゅーた企画
161倉庫にて開催決定


詳細解禁は
2017.3.5 正午を予定
誰も本当のことなんて知らないし
知らなくていいことってある

ともさんからのLINEには
触るんだよ(心を)
と書いていたっけ

手癖が悪い僕は
いつも君の胸に
手を当てている


明日こそ優しくなれますように
おやすみなさい

追記
僕は我慢する
勝手に我慢する
なるべく我慢する
強がっていたいの男の子なんて
でもあなたはいいの
ここぞって時に
弱音吐いてべそかいていいの
人間なんだから
SNSに弱音吐くななんて
別に誰もいってない
なんとなく暗黙の流れがこわい
この人に言えると思ったら
その人に言えばいい
その人の弱音も
受け止めてあげればいい

いいかい、無理しなさんな


なにも全て隠し通すことはない
潰れてしまったら何もかもおしまい

2017年1月29日日曜日

売れてないバンドマン

僕は最近やっとこの
「売れてないバンドマン」
という立ち位置、スタートライン

22歳にしてようやく
満を持してここまでこられた

ぼくはこれを誇りにすら思う
君がどう思おうと
誰かにどう思われようと
ぼくはそれすらも誇りに思う

まぁそれを誇らしげに
こんなとこに細々と書くこと
なんかじゃないのだけども

クロマニヨンズの
スピードとナイフ
という曲が好きで

変わるスピードが違ったんだな

っていつもいつも思うの

ぼくは勉強が嫌いで
ずーっと勉強から逃げてきた
そして音楽に出会った
例えば明日から急に頭が良くなるわけでは決してない
でも明日からもしかしたら
数学の勉強をはじめるかも

変わるスピードが違ったんだなと思う

たまたま6歳から18歳まで
学校にいかなくちゃいけなくて
たまたま勉強が嫌いな子になっただけ

そしてそれで全ては決まらない
それだけで誰かはぼくを評価できない

あなたも君も隣のおっさんも
変わるスピードが違っただけ

そしてこれからいつでも変われる
変わろうと強く思えば変われる
もちろんいいと思う方向に
もしかしたら今よりも
デチューンすることも大事だと思う

イメージとは
強く思えば
必ずそうなると思う
という気持ちを信じる
ことがこれから大切になってくる


ぼくらは難しい時代を生きている
いつだってそうだったかもしれんが
ぼくらは今この時代を生きてて
目を背けずに全うしなきゃならない

死ぬまで本物の夢をみながら
そして本物の幸せを掴むんだ

2016年12月30日金曜日

僕のやさしさは死ぬほど冷たいモノで出来ている


札幌市地下鉄南北線の中で
そんな事を考えている
2016.12.30

この電車の中に同じ事を考えている奴が果たしているのだろうか

きっといるんだろうな

その度に僕は自分の心のちいささに
絶望しているんだ


それでも今は本当に
毎日がとても愛おしい

こんなにそう思えることは
はじめてかもしれない

生きるのよ今を

2016年11月15日火曜日

欠陥

鉄は錆びる
いつかは朽ち果てる
永遠などはなく
僕たちは脆く
容易く崩れ落ちてしまう


りょーめーパパがぼくに
こんなことをいってくれた


人には人の事情がある
唄をやってる人間はね
どこかが欠落してるんだよ


と言いながら笑った


どうやら僕たちは
どうしようもないらしい

明日も明後日も明々後日も
どうしようもないらしい


だからこそ
ボロボロになっても
ステージに立ち続けて
汗も鼻水も垂れ流しながら
唄うらしい


ぼくの幸せと
きみの幸せは
全く違うものらしい


でもいつか
ふたりとも笑えますように


要するにぼくはクズってこと

2016年10月31日月曜日

ぼくの幸福よ

そんなものは
どうでもいいから

神様へ
あなたよ
どうか幸せに
笑って生きておくれ


愛してくれなんて
もう二度と言わない
愛されたいとは
思ってしまうけど


願うことしかできない
バカなぼく
祈ることしかできない
バカなぼく
信じることもできない
バカなぼく

永遠に死ぬまで
唄いたいとおもいます

せめてぼくは
誰かに馬鹿にされても
あなたの為に
唄い続けます
もしもぼくが誰かに馬鹿にされて
あなたが悲しむのであれば
誰にもぼくを馬鹿にできないくらい
唄い続けます

そして
ぼくを信じてくれる
全てのあなたを
馬鹿にして見下して
蔑んであざ笑う奴らを
ぼくが許しません


ただそれだけを
あなたに捧げます

ボクの幸せなんてどうでもいい

キミは幸せになっておくれ

でもなんだ
それを
ボクの幸せですだなんて
思ってもないことを言ってしまうのは
それはずるいでしょうか


別にきっとずっと今まで
自分なんてどうでもよかったし
他の人のことなんて
もっとどうでもよかった


いや
今でもほんとはやっぱり
どうでもいいや
なんて思っちゃう
そんな自分がいたりして
それがいつもすごく嫌なんだ

いや
もっと本当のことをいうと
ちっちゃい時は
もっとこうなんていうか
自分だけ構って欲しくて
でもそれがだんだん
無理なんだなってわかってきて
結構早い段階で
周りにわざと気配りするようになってて
それに気付いてもらえるのがすごく
嬉しい自分がいて
ちょっとそういうとこあって
優しいねって言われるようになって

でもなんか
当たり前じゃね?
って思っちゃう自分もいて

ありがとう、そんなことないよ
って
いつもそういう返しになる

これ多分ずっとそうかもな
わかんないけど
偽善的だったかもしれない

偽善者って言われることに
反論はない
でも優しくできない人間には
なりたくない

とおもったかな


冷静だね
とか
落ち着いてるね
とか
大人だね
なんて言われるけども

本当はつまんないのを
隠してるだけなの
冷めている気持ちを隠してる
つまんないしくだらな
って心の中で思ってるだけで
そういう時って
誰にだってある

てなにこれやだ
ボク全然
いい人なんかじゃないんです



そう、そうなの
でもね
こんな僕は唄うのです

せめて君の幸せの為に

追記
おそらく2016年
下半期に書いて下書き保存
していたのがでてきた

なんとなく今は
さらけ出してもいいような
気がするので公開しよう

どうせそんなに沢山の人はみてないし
みられることもないだろうし
これをいつもみてくれる人
数少ないあなた達を
ぼくは愛おしく思います

こんな僕も今年は23歳になる
自分の幸せと愛する人の幸せくらい
ちゃんと分かって生きていきたい
そして悲しみや寂しさが
少しでも多くの人の気持ちから
減りますように願っている

2017年も細々と更新していきます
今年もよろしくお願いします
嘘つきとひとりぼっち
2017.1.2あずまりゅーた